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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4333号 判決 1968年3月25日

原告 塚本せつ

右訴訟代理人弁護士 小倉武雄

同 密門光昭

同 小堀真澄

右訴訟復代理人弁護士 鈴木純雄

被告 梨岡筆吉

右訴訟代理人弁護士 梨岡時之助

主文

原告が被告に賃貸している大阪市東区材木町二番地の一、宅地一二一・七五平方米(三六坪八合三勺)に対する昭和三九年七月一日以降の賃料は、一ヶ月金一六、〇〇〇円であることを確認する。

被告は原告に対し、昭和三九年七月一日以降昭和四二年一一月三〇日に至るまで、一ヶ月金一六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は、主文第二項にかぎり、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「原告が被告に賃貸している大阪市東区材木町二番地の一、宅地一二一・七五平方米(三六坪八合三勺)に対する昭和三九年六月一日以降の賃料は、一ヶ月金二七、六二二円であることを確認する。被告は原告に対し、昭和三九年七月一日以降昭和四二年一二月一二日に至るまで、一ヶ月金二七、六二二円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに請求の趣旨第二、第三項につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

「一、原告は、従前より、被告に対し、主文第一項記載の土地(以下、「本件土地」という。を賃貸しており、その一ヶ月の賃料は、昭和三二年五月一日より昭和三五年三月末日までは金五、〇〇〇円、同年四月一日より昭和三六年三月末日までは金七、〇〇〇円であったが、同年四月一日以降は金八、〇〇〇円に増額されて今日に至っている。

しかして、本件土地は大阪市東区の松屋町筋の西側にあり、付近は各種商店が軒を並べて商業地区を形成している。

二、しかるに、その後一般物価の昂騰は著しく、本件土地の価格も昭和三九年七月現在において、昭和三六年四月に比較して少くとも二・一倍に上昇し、右昭和三九年七月における価格は、三・三平方米当り金四五〇、〇〇〇万円となったのみならず、公租公課についてみても、昭和三六年度の本件土地に対する大阪市の固定資産評価額および課税標準額はいずれも一、五六三、四〇七円であったところ、昭和三九年度における固定資産評価額は九、一八三、一〇〇円、課税標準額は一、九七九、五〇〇円と増額され、これに伴って公租公課も増額され、結局、本件土地に対する前記賃料は、昭和三九年七月現在において不相当に低額となった。

しかして、本件土地に対する適正賃料は、一ヶ月当り金二七、六二二円(三・三平方米当り金七五〇円)を相当とする。

三、そこで、原告は、昭和三六年六月二九日到達の書面により、被告に対し、同年七月一日以降の一ヶ月の賃料を金二七、六二二円に増額する旨の意思表示をしたが、被告はこれに応じない。

四、よって、原告は、被告に対し、本件土地の賃料が昭和三九年七月一日以降一ヶ月金二七、六二二円であることの確認、ならびに右同日以降本件口頭弁論終結の日である昭和四二年一二月一二日に至るまで一ヶ月金二七、六二二円の割合による賃料の支払を求める。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「原告主張の請求原因事実中、第一項は認める。第二項のうち、一般物価、本件土地の価格および公租公課がいずれも上昇したこと、本件土地に対する昭和三九年度の固定資産評価額および課税標準額が原告主張どおりであることは認めるが、本件土地の一ヶ月の適正賃料が金二七、六二二円であることは否認し、その余の事実は知らない。第三項の事実は認める。

なお、被告は次のとおり主張する。即ち、およそ、土地の賃料は、旧賃料設定時の当該土地の価格と、賃料増額時のそれとを比較し、後者の場合において当該土地価格が上昇している場合には、その値上り率と同一の率で増額されるべきものであり、然らずとしても、増額時における当該土地価格の三分を以って年額賃料とすべきである。しかも、現在、地価は、他の一般物価の値上率と無関係に、ひとり暴騰を続けているのであって、本件土地もその例外ではなく、また本件土地価格の値上りは借地人である被告の土地繁栄の努力にも負うのであり、かような地価を基礎にして土地賃料を算出することは、地主に不当な利得を与えることになるから、右算出の基礎となるべき地価の算定については、前記固定資産評価額を参酌すべきである。」

立証≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。次に、被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和二七年ごろから本件土地を賃借し、右土地上に二階建の建物を所有して自動車部品販売業を営んでいたが、その後右建物の一階を被告の弟に賃貸し、同人はそこで自動車タイヤ販売業を営んでいること、さらに昭和四二年一〇月からは、右建物の二階を玉突場として他人に賃貸していること、被告は右建物の賃貸により一月約一〇万円の賃料収入を得ていることが認められる。

また、昭和三六年以降本件土地の価格および本件土地に対する公租公課が上昇したこと、昭和三九年度における本件土地に対する大阪市の固定資産評価額および、課税標準額が、それぞれ九、一八三、一〇〇円、一、九七九、五〇〇円であること、さらに原告が被告に対し、その主張の日時に、その主張のとおりの賃料増額の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。更に以上認定の事実からすると、本件賃貸借は木造家屋の所有を目的とするものと認められるし、期間の定めのあることの主張立証のない本件では期間の定めのないものと認める。なお、本件賃貸借に対する地代家賃統制令の適用の有無については、全証拠に照らしても、これを適用すべきものとする資料はない。むしろ叙上認定の事実からすると、本件土地は同令の適用のないものと認められる。

二、そこで、原告の右賃料増額の意思表示の効果について検討する。

(一)  土地賃料が土地使用に対する対価であることはいうまでもなく、その適正額の算出に当っては、当該土地の価格(ただし、その内容については後述するとおりである。)を、賃貸人が投下した資本額と考え、これに一定の利潤率を乗じ、これに、当該土地に対する固定資産税および都市計画税を加えたものをもって原則的な賃料(一年分)とし、これを、当該土地価格の上昇率、比隣地の賃料額、当該土地に関する当事者間の他の賃貸借の条件および従前の賃貸借の条件等の事情を考慮して合理的に修正して算定すべきである。

(イ)  ところで、基本となる土地価格についてみると、これを単純に、賃貸人の当該土地購入価格とすることは、戦前に購入した場合は戦後に購入した場合に比し、不当に低額であるのみならず、さらに贈与、相続によって当該土地を取得した場合には購入価格が存在しないから、これを標準とすることはできない。また、賃料増額時における当該土地の更価地格を標準とすることについてみても、建物所有を目的とする借地権の効力が強化された現在、賃貸人において賃貸借契約を解約して当該土地を更地とする自由はないといってよく、従って、賃貸地を、どのような使用収益処分もできる更地としての価格で換価することは不可能といってよいから、この価格を標準とすることも不適切である。結局、賃貸人が当該賃貸地について把握している価値は、借地権が設定され、かつその土地上に他人の建物が存在している状態のままで当該土地を譲渡し得る価格であるというべく、賃料算出に当っては、この価格を投下資本とみなすべきである。

(ロ)  次に利潤率についてみると、もともと資本というものは、より有利な投資先を求めて動くものであり、その理は土地に対する投資(建物所有を目的とする土地の賃貸に限る)についても同様であり、もし、これよりも有利な投資(金融市場、株式市場等に対する投資)があれば、土地に投下された資本は引き揚げられ、そちらに向って移動するであろう。しかし借地権の負担の付いた土地の換価は実際上困難であって、その投資先を変更することは容易ではないから、他の投資における利回りがより高い場合において、ひとり土地に投下された資本についてのみ不利益を課するのは妥当ではない。従ってかような場合には、土地賃貸借における利潤率も、少くとも他の投資における利回りと同率であるべきこととなろう。ところで、金融市場又は株式市場に対する投資は、常に貸倒れ又は値下りの危険をはらんでおり、その利回りも、そのような危険性をおり込んでいるものであるが、土地の賃貸においては、その元本ともいうべき土地が滅失することは通常あり得ず、前記の如き危険性は殆んどないうえ、性質上その減価償却ということもないので、その利潤率についても、これをより低く定めても支障はないということになろう。

以上の諸点と、金融市場や株式市場に対する投資は投機的性格を多分に有しているのに対し、土地の賃貸については、賃借人保護の立場から、投機的性格を排除すべきであることを考慮すれば、結局、土地賃貸の利潤率は前記(イ)の投下資本額の消費貸借と同様に考え、これと同率とするのが適当であり、しかもそれは商事法定利率の年六分とするのを相当と考える。

(ハ)  さらに、公租公課についてみると、土地に対する公租公課としては、固定資産税および都市計画税があるが、前者は、本来、土地を所有していることによって課されるものであるから、これを賃借人に対して負担させるべきいわれはないのであり、また後者は、都市計画の実施によって賃貸人賃借人の双方が利益を受けるのであるから、これまた賃借人にのみ負担させるべき筋合ではない。しかし、前叙のように利潤率を消費貸借と同率とする以上、金銭の消費貸借との均衡上から考え、また借地法第一二条は、公租公課の増加を賃料増額の一原因としており、そのことは公租公課の少くとも一部分を賃借人に負担せしめる趣旨であると解されるし、さらに、地代家賃統制令第五条第一項、地代家賃統制令による地代並びに家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額等を定める告示(昭和二七年一二月四日建設省告示第一四一八号)が前記公租公課の全額を統制賃料に加算する旨規定していることに鑑みるときは、公租公課の全額を賃料に加算することは、あながち不当なものとは言えないであろう。

(二)  以上の考察に基いて本件土地の適正賃料について判断するのに、まず、成立に争いのない甲第二号証(安福市松作成の鑑定書と題する書面)および鑑定人小野三郎の鑑定の結果によれば、昭和三九年七月一日現在における本件土地の更地価格は金一六、五七三、二一九円(一平方米当り金一三六、一二五円)であったことを認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。(なお、昭和三九年度における本件土地の固定資産評価額が、金九、一八三、一〇〇円であったことは当事者間に争いがないけれども、右価格は、別個の目的から算出されたものであって、これを当該土地の時価とすることは不適当である。)次に、本件土地の借地権の負担付きの価格についてみると、前記鑑定の結果に徴して考えると、本件土地の所謂建物付価格(その建物の所有者のいかんを問わない)を、前記更地価格の九割とし、右建物の存在は冒頭認定のように期限の定めない借地権に基づくものであるから、さらに右建物付価格の三割(前記更地価格の一〇〇分の二七に相当する)である金四、四七四、七六九円をもって、本件土地の借地権の負担付価格(いわゆる底地価格)とみるのが相当である。

次に、前記底地価格金四、四七四、七六九円に利潤率である六分を乗ずると、金二六八、四八六円となる。さらに、冒頭認定の昭和三九年度における本件土地に対する課税標準額に基いて、地方税法の規定に従い同年度の固定資産税額及び都市計画税額を計算すると、右税額の合計は金三一、六七二円となり、これに前金二六八、四八六円を加えた、金三〇〇、一五八円が、本件土地に対する原則的な賃料(一年分、一ヶ月当りの賃料は金二五、〇一三円、即ち、三・三平方米当り金六七九円)となる。なお、ここで土地管理費といわれるものについてみると、そのうち、土地の維持修繕費はもともと賃貸人の負担すべきものであり(民法第六〇六条第一項)、また賃料の集金に当らせるための管理人に対する出費は賃貸人が賃料持参払の利益を放棄したものとして、いずれにせよこれらの費用を賃借人に負担させるべきいわれはないばかりでなく、さらに、仮りに賃貸人が土地改良のため出費したとしてもそれは通常当該土地価格の上昇をもたらし、賃料増額の事由となるものであるから、特に土地管理費なるものを想定してこれを前記賃料額に加算すべきでない。

しかして、昭和三一年以降、一般消費者物価の上昇に比し、土地価格のみが異常な騰貴を示し、現になお騰勢にあること、かつその原因が、必ずしも需要供給の不均衡から生ずる自然的な経済現象によるのではなくして、人為的にもたらされた極めて不自然な投機的売買の所産によるものであることは公知の事実であり、前記認定した本件土地の価格も、右のような不自然な原因によって作り出された、一時点における価格であることは多言を要しないから、このような価格を基礎として算出された土地賃料をそのまま適正賃料と認めることは、賃貸人に不当な利得を与えることになるのはいうまでもない。そこで前示修正要因を考えてみるのに、まず、本件土地の比隣地の賃料をみると、≪証拠省略≫によれば、本件土地の北隣の土地七〇・二四平方米(二一坪二合五勺)については、昭和四二年七月以降一ヶ月金八、〇〇〇円(三・三平方米当り金二九四円)、本件土地の道路をへだてた正面南側の土地一三〇・五七平方米(三九坪五合)については、同年四月以降三・三平方米当り一ヶ月金三七〇円、正面北側の土地六六・一一平方米(二〇坪)については昭和三九年六月以降三・三平方米当り一ヶ月金三〇〇円(それ以前は金一五〇円)であることがそれぞれ認められ、この事実と、本件土地の賃料がすでに認定したように昭和三六年四月以降昭和三九年六月当時一ヶ月金八、〇〇〇円であること、また、本件賃貸借が前記のとおり期間の定めがなく、従って将来ともなお存続し、その間再び賃料増額の機会があるであろうことも想像に難くない事実を考え併すと、本件土地に対する昭和三九年七月当時の適正賃料として一ヶ月当り金一六、〇〇〇円が相当であると認められる。

(三)  従って原告の前記増額請求の意思表示は右一ヶ月金一六、〇〇〇円の範囲で増額の効果を生じ原被告間の本件土地の賃料は昭和三九年七月一日以降一ヶ月一六、〇〇〇円となったものである。

三、以上の次第で、原告の本訴請求中、賃料額の確認を求める部分については、右判示した一ヶ月当り金一六、〇〇〇円の限度においてこれを確認し、賃料支払を求める部分については、昭和三九年七月一日以降本件口頭弁論終結の月の前月末日であることが記録上明らかな昭和四二年一一月三〇日までの間、一ヶ月金一六、〇〇〇円の割合による賃料の支払を求める限度でこれを認容し(原告は、本件口頭弁論終結日である昭和四二年一二月一二日までの請求をしているが、宅地の賃料は、民法第六一四条により、先払の特約がないかぎり月末払が原則であるところ、原告は先払の特約の有無についてはなんら主張立証しないから、右特約はないものと扱うほかない。されば昭和四二年一二月分の賃料については、未だ履行期が到来していないというべきである。)、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 喜多勝 裁判官 佐藤栄一 安藤正博)

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